なぜ、私は○○するのか?なぜ、アナタは○○したいのか?


先日、とあるお客さんとの会話。


「何か本気で打ち込めることがあるといいのだけれど、何をやればいいかわからない…」

「いろいろなことに挑戦して行動し続けている大西さんがうらやましい…」


という話がありました。


やりたいことが見つからない…


というのが悩みだとか。



けっして生活には困っていないし、それなりに安定しているのだけれど、


生き甲斐のようなものが欲しい、


社会的価値のある活動がしたい、ということのようです。



「ボランティア活動などをしてはどうですか?」


というと、


そういうのではない、…と。



つまりは、自分が一番輝ける場所、舞台を探しているのでしょう。


ただそれが見つからない…。


少しわがままな悩みのように思えるかもしれませんが、実際このような悩みを抱えている人は多いです。


毎日の仕事に追われ、家事に子育てに追われ…、と忙しくしているうちは無心ですが、

仕事を辞めたり、子育てが一段落したり、少し時間的余裕ができると、


自分の人生とは何なのだろう?


と考えてしまうようです。



実は私自身も数年前までそのような悩みがありました。


その頃は仕事も安定していて、それなりにやってれば、それなりに給料がいただけたし、


悩みがないのが悩み、というか、情熱をかけられるものがなかったのです。



仕事にも打ち込めず、子供に自分の人生をかけるのもなんだか違う…


ですので、そのような悩みを持つのはとてもよくわかります。


私の場合は幸い(?)会社の業績がどんどん落ちていったので、否応なしに個人活動(副業)をしなればならないという危機感から、人生を変えるために行動を起こしましたが…。


何か漠然とした悩みや不安がある時。

私はある質問を自分に問うようにしています。


それは、とてもシンプルで本質的な問い。


「なぜ?」

「本当に?」



あらゆる事象に対して、

常に自分に「なぜ?」と問い、その答えにまた「なぜ?」「本当に?」と問い、さらに深堀りしてゆく。


自分が納得いくまで問い続ける。



例えば、


「やりたいことが見つからない…」


―なぜ?


「これといって好きなこともないし…」


―本当に?


「…まあ、映画見たりするくらいかな」


―なぜ?


「映画は昔から好きだから」


―なぜ?


「最初に見たトップガンに感動したから」


―本当に?


「トム・クルーズがかっこよかった」


―なぜ?


「というより、トム・クルーズのバイク姿がカッコよかった」


―なぜ?


「あの当時、バイクに憧れていた」


―今は?


「まあ、今でも」


―では乗れば?


「今からはさすがに…」


―なぜ?


「年齢的にも」


―なぜ?


「まあ、まだ遅くないか…。お金かかるけど」


―ならば、バイク乗りながらお金稼げる仕事を目指せば?



このような感じです。


これはあくまで仮の話で、少し堀下げがクドくなりましたが。


つまり、やりたいことが見つからないのではなく、自分の思考を自分の思い込みや、言い訳で勝手に止めてしまっているのです。


自分の欲求に真っすぐ向き合えれば、自ずとやるべきこと、やりたいことが見えてくるはずです。




それではまた。



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